師匠
私は小学5年生の時に、小林健二九段門下に弟子入りした。経緯は、兄が奨励会入会時に将棋仲間の伝手で小林門下に弟子入りしていたので、兄と一緒に、という感じだった。師匠は、とてもおおらかで穏やかで、とにかく優しい人という第一印象だった。もちろん今もそれは変わっていない。
師匠から教わったことは山ほどある。将棋の技術はもちろんだが、それより精神面のことを教えてくれたことが多かった。特に印象的なのは、日々焦らず「一歩一歩」だ。これは当たり前のようにも聞こえるが、実際負けが込んでいたり調子が悪い時は、焦ってしまい自分らしい将棋が指せなくなる。一刻も早くこのスランプから抜け出したいと思うあまり、焦ってしまい視野が狭くなる。師匠はこれを見越して、焦らず一歩一歩だよと教えてくれたのだと思う。これはとても励みになった。そして日々の努力が骨と血と肉になるとも教えてくれた。私は結構スランプに陥りやすいタイプなので、負けが込んだり全然手が見えなくなってきたりしたら、この師匠のことばを思い出した。その度に、いつかは良い波が来ると信じ、辛抱強く(?)頑張ることができた。師匠のことばが持つ力は不思議である。
昨年の2月頃、研修会(女流棋士養成機関でもある)で、3連勝すればB2に昇級し女流棋士の資格を獲得できるところを、私は一番最悪な4連敗で跡形も無く潰してしまった。午前で2連敗した時点で精神的にもダメになってしまい、それを午後にも引きずってしまったのだと思う。この時のダメージはすごかった。次に繋がる昇級の目も無く、また一から勝ち星を積み上げないといけない。帰りの電車ではずっとボーっと外の景色を眺めていた。景色といっても、もう日が沈んでいるのでほぼ何も見えない。それが自分のことのようで更に絶望感が湧き、もう家の最寄りの駅を通り越してどっかに行ってしまいたいと思った(ちゃんと最寄りの駅で降りました)。家に着いてスマホを見ると、なんと師匠から連絡が入っていた。その内容は「苦しい気持ちと辛い気持ちでいっぱいだと思いますが将棋の神様がもう少しプロになるまでに勉強して強くなってからがいいですよと言ったのだと思い切り替えて頑張ってください」だった。これを見てまた奮い立つことができた。そして4月には最短の8連勝で昇級し女流棋士の資格を得ることができた。真っ先に電話で連絡したのはもちろん師匠だった。師匠は「良かったねえ」としみじみとしたような声で喜んでくれた。少し恩返しできたかなと思った。
今年で弟子入りしてから5年目になる。最初の頃は小学生でまだよく分かっていなかったが、私は本当に良い師匠に恵まれたと感じている。更に兄弟子、姉弟子にも恵まれている。現役の兄弟子には伊奈祐介七段・島本亮五段・古森悠太五段・池永天志五段・冨田誠也四段・井田明宏四段・徳田拳士四段、姉弟子には岩根忍女流三段・北村桂香女流二段がいる。みんな本当に優しくて、将棋も強くて小林一門は大好きである。自分もこの一門の中にいると思うとちょっと嬉しくなる。小林一門を更に盛り上げられるように頑張りたいと思う。
今は師匠とは教室で月1回しか会えないが、昇級などの祝い事があると一門の食事会に連れて行ってくれる。師匠には何件か行きつけの店があるのでそこに行っている。師匠が選んでいる店なのだから必ずと言っていいほどハズレはない。だからとても美味しい。そして師匠は人脈が広いので話の振り幅も広い。色々な話をしてくれる。師匠の話には必ずオチがあるので面白い。
最後になりましたが、女流棋士になることができたのは家族の支えもありますが師匠のおかげです。本当に感謝しています。どんなときも励ましてくれ私にとっては唯一無二のかけがえのない存在です。これからは、より一層努力して良い結果を残して少しずつ恩返しをしていきたいと思います。私はまだまだ未熟なのでこれからも師匠から教わることがあると思います。これからもよろしくお願いします。
師匠にはいつまでも元気に長生きしてほしいと願っています。
お酒や甘いものは控えて、これからも頑張ってください。
木村朱里