勝負飯

 近年、将棋界では棋士が対局時に食べるご飯(勝負飯)が注目されている。私自身も他の棋士が注文している食事は必ずと言っていいほどチェックしている。将棋の内容よりも鮮明に覚えているのは棋士としては反省点かもしれない。

 三段リーグ時代の昼ご飯は支給されたお弁当を食べていた。これを勝負飯というのは少し味気ない。私にとっての勝負飯は前日の昼ご飯であった。2,3年前から決めたルールがあり全18回戦の半年間は同じ店で食べるというものである。理由は単純で優柔不断な私は場所が決まっていなければ迷ってしまうからである。前日に迷うのは明日の作戦だけで十分だ。

 最初の店選びは重要で失敗は許されない。大阪で一人暮らしをしていた時は、よく外食をしていたため普段から足を運んでいるところを選んでいた。昨年2月末に三田市の実家に帰ってきた。ご飯を出してもらえる実家とコロナ禍が重なり外食はほとんどしなかった。そのため、前期三段リーグでの店選びは難しかった。そんな時に高校時代に通っていたラーメン屋を思い出した。安くて早くて美味い、そしてそこには高校時代の楽しい記憶が残っている気がした。予想的中、店選びは大成功。当時のままの美味しいラーメン、焼き飯、特大の唐揚げに大満足である。これも長くは続かず4回目、5回目となると美味しいと感じなくなった。日程が詰まっていたため、頻繁に行き過ぎて飽きてしまったのかと考えたが6回目は美味しかった。ここでようやく理由が分かった。緊張である。プレッシャーを感じ前日から緊張している時は、ご飯を美味しいと感じる余裕がないのである。自分の中で決めた勝負飯ルールが思わぬ形で精神状態を知らせてくれることになった。最終日前に食べたラーメンはいつも通り美味しかった。

 リーグ終了後は有り難いことに忙しい日々が続いた。一息ついたとき向かう場所は決まっていた。いつも通りの席に着く。物思いにふける間もなく運ばれてくるのもいつもと変わらない。ただ一つ変わったこともある。

 

「こんなに美味しかったんだね」

 

冨田誠也

ページ上部へ戻る